冬の夜は、暖炉で煮立っているスープの音を聞きながら、あの店の奥の暖かさや、誇りまみれのアーモンドを焦がす日射しや、日盛りにうとうとしながら聞く列車の汽笛などを懐かしんだ。マコンドにいたころ、冬の暖炉にかけられたスープや、コーヒー売りの呼び声や、すばやい春の雲雀を恋しく思ったように。鏡よろしく向き合った二種類の郷愁に取り憑かれた彼は、すばらしい非現実感を失って、ついにみんなに向かって、マコンドを見捨てるように、この世界と人間について彼自身が語ったことをすべて忘れるように、また、ホラティウスに糞をひっかけるようにすすめた。どの土地に住もうと、過去はすべてまやかしであること、記憶には帰路がないこと、春は呼び戻すすべのないこと、恋はいかに激しく強くとも、しょせんつかの間のものであることなどを、絶対に忘れぬようにともすすめた。
"百年の孤独" / ガブリエル・ガルシア=マルケス